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大阪高等裁判所 昭和34年(ネ)1606号 判決 1961年8月30日

控訴人 寺本靖彦 外一名

被控訴人 鳥井時雄

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事等双方の事実上の陳述並びに証拠の提出、援用、認否は控訴代理人において当審証人安原はつゑの証言を援用したほかはいずれも原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

理由

当裁判所は左記のとおり附加し且つ一部訂正するほか原判決説示の理由と同一の理由により被控訴人の本訴請求を認容すべきものと考えるのでこゝに右理由を引用する。

一、当審証人安原はつゑの証言によれば訴外亡寺本一夫は本件売買予約当時相当多額の債務を負担し資金繰りに悩んでいたことが明らかであるけれども、他面成立に争ない甲第一、第二号証、原審における証人寺本善光の証言及び被控訴本人尋問の結果(第一、二回)を総合すると、本件売買予約がなされるにいたつたのは建築請負業を営んでいた寺本が人夫賃の支払にあてるためとして、友人の弟で本人同士も数十年来のつきあいである被控訴人にその買受方を頼んだためであること。本件不動産は当時価額五〇万円以下であり(当審証人安原はつゑの証言は右認定を左右するに足りない。)かつ公租、公課その他相当額の負担があり、現に被控訴人は抵当権実行のため神戸地方裁判所明石支部に本件不動産の競売を申立て昭和二八年三月二五日同開始決定がなされたが被控訴人への交付金は僅か一〇万円前後の見込みであつたため昭和三四年四月一日右競売申立を取下げたことなどが明らかであつて、これらの事実に徴するときは被控訴人が寺本の窮乏に乗じ不当に低廉な価額で本件不動産を入手せんとしたものでないことが認められるから控訴人の本件売買予約は公序良俗違反であるとの主張は採用することができない。

二、同一債権保担のために抵当権が設定され、かつ売買予約がなされた場合、右担保権者は右抵当権実行の申立による競売手続の進行中は売買予約の完結権を行使しえないと解するのが相当であるけれども、このことは競売の申立は当然売買予約完結権の喪失をともなうことを意味するものではなく、競売申立が取下げられたときは信義則違反等特段の事情の認められないかぎり、予約完結権を行使しうるものと解すべきである。本件において被控訴人は前記のごとく昭和二七年十二月九日本件不動産に対し抵当権実行による競売の申立をなし昭和三四年四月一日右競売の申立を取下げたのであるから、その間の昭和二八年四月一日になした売買予約完結の意思表示はその効力を有しないが、同人が競売申立取下後の昭和三四年四月三〇日の本件口頭弁論期日において更めて、売買予約完結の意思表示をしたことは記録上明白であるからこれにより被控訴人は本件不動産の所有権を取得したものというべきである。

以上の次第で原判決が被控訴人の昭和二八年四月一日なした売買予約完結の意思表示は有効である旨を判示したのは失当であるけれども、本訴請求は売買予約完結にもとづく所有権移転登記手続を求めるものであつて右完結の日時如何は右請求の当否に消長を来たすものではないからこれを認容した原判決は相当であつて本件控訴は理由がない。

よつて民事訴訟法第三八四条第二項第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 加納実 加藤孝之 日野達蔵)

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